「電車は電気で動く!」何を今さら!と思われると思いますが、以前、東日本大震災で首都圏で計画停電が実施された時、停電に備えて電車を運休させる措置が各鉄道事業者で取られました。その時「何で電車が動かないんだ!」という声を駅でたくさん聞いたのですが、電車はガソリンで動いていると思っているのかな?と思ったことをいまだに覚えています。当たり前過ぎて、そして日本は列車といえば「電車」なので、普段意識されない部分なのかもしれません。
そんな電車にとって必須のアイテムが、架線から電気を取り入れる「パンタグラフ」という集電装置です。屋根上にあるので、意識しなければ見ることもありませんが、電車の運行を陰で支える超重要な装置です。今回のテーマは、この「パンタグラフ」です。役割や仕組み、種類について詳しく見ていきましょう!
集電装置の仲間
そもそも「パンタグラフ」とは数ある電車の集電装置の一つです。日本の電車列車は、たいていがパンタグラフにより電気を取り入れる方式を採用していますが、それ以外の集電装置を採用している事例もあります。
第三軌条方式(サードレール式)
地下鉄など高さに制限がある線区などでは、第三軌条方式(サードレール式)という給電用のレールを敷き、集電靴(しゅうでんか)という集電装置で電気を取り入れる方式が採用されていることがあります。東京メトロの銀座線や丸の内線がその代表例ですね。よく見ると、屋根にパンタグラフはありません。上空から電気を取り入れるわけではないので、トンネルの断面積を小さくできるというメリットがありますが、高速運転には不向きです。
トロリーポール
立山トンネルトロリーバスは、トロリーポールという2本の棒を架線に接触させて電気を取り入れています。非常に珍しい方式で、しかも2024年11月30日が最終運行日とのことで、まもなく見納めになります。
概要
それでは、集電装置の仲間を理解したところで、今回の主役であるパンタグラフについて見ていきましょう。
語源
パンタグラフの語源は、菱形の製図用具「パンタグラフ」と動きが似ているというところからそう呼ばれるようになりました。後ほど紹介しますが、最近はシングルアーム型パンタグラフといった、菱形をしていないパンタグラフが多数登場しています。これらは語源に反していることになるのですが、そこは目を瞑ることにいたしましょう(笑)
役割と仕組み
バネ上昇式・空気下降式
パンタグラフは、線路の上に張られた架線から電気を取り入れるために取り付けられています。上げる時はバネの力、下げる時は空気の力で動かしており、この方式を「バネ上昇式・空気下降式」といいます。走行中は、バネの力で強く押し付けることにより、高速走行時も架線から離れないように作られています。
集電舟とすり板
パンタグラフの上部先端には「集電舟」が取り付けられており、さらに架線に接触する箇所には「すり板」が設けられています。すり板は軽くて電気抵抗が少ないカーボンや金属などが使用されています。
ホーン
集電舟の左右先端は、翼を広げるように少し下に折れ曲がっているのですが、この部分は「ホーン」といい、ポイント通過時に架線が引っかからないようにするためのものです。
種類
パンタグラフは整備のしやすさ、空気抵抗の低減、耐久力の向上など長年に渡り研究されており、現在では様々なパンタグラフを見ることができます。代表的なパンタグラフをご紹介します。
菱型
一番オーソドックスなタイプのパンタグラフです。安定性があり、古くから使用されてきました。パンタグラフの語源となった元祖パンタグラフです。架線への追従性能は高いのですが、大型なので重量があり、また高速走行時は騒音の発生源となる欠点があります。そのため、新幹線には初代0系を含めて採用例がありません。
下枠交差型
菱型パンタグラフの下の部分をマジックハンドみたいに交差させることにより小型化させたのが、この下枠交差型パンタグラフです。軽量化された上、騒音も低減できることから、新幹線においても多数採用実績があります。
シングルアーム型
現在の主流が、このシングルアーム型パンタグラフです。部品数が従来と比較して大幅に減ったので、製造コストが安価でかつ保守性も向上しています。また、露出部分が少ないので雪に強く、降雪地域には積極的に採用されたほか、上下の可動範囲が従来型よりも広いことから、トンネルが小さな線区でも使用できます。
空気抵抗も下枠交差型よりもさらに有利であるため、新幹線にも採用されました。JR東日本のE2系やJR九州の800系は、シングルアーム型パンタグラフの採用をきっかけに、騒音対策用のパンタグラフカバーを完全に廃止したものまで登場しています。
下枠短縮型シングルアーム
新幹線N700系で採用されているパンタグラフです。シングルアーム型の一種ではあるのですが、騒音を最小限に抑えるため、シングルアーム型パンタグラフの下半分を風防というカバーで覆ったタイプのものです。パンタグラフカバーで少々見えづらいのですが、灰色の風防から棒が1本飛び出したような見た目をしていて、露出部分がさらに少なくなっています。
Z型
路面電車の一部で採用されているパンタグラフです。折りたたまれた時の面積が、菱型パンタグラフよりも小さく済むというメリットがある一方、トロリ線への追従性能は高くないので、高速運転には不向きです。
パンタグラフ中央付近で折れ曲がった構造をしている画像のZ型パンタグラフは後期型のもので、トロリ線への追従性能向上を目指して改良されたタイプです。
石津式(岡電式)
変わり種のパンタグラフを一つご紹介いたします。全国唯一、岡山電気軌道の路面電車で使用されている「石津式(岡電式)パンタグラフ」です。先ほども触れましたが、パンタグラフは「バネ上昇式・空気下降式」が一般的なのですが、この石津式パンタグラフは「おもりの重力」によって架線にすり板を押し付けています。
パンタグラフの下部に、さらに小さなパンタグラフのような形をしたものがひっくり返って付いているのですが見えますか?この先端におもりがついていて、このおもりによりパンタグラフが上昇しています。高速運転には適しませんが、路面電車ですので問題ありません。加えて、バネや空気の配管が不用なので、保守面でとても有利です。石津さん、考えましたね!
パンタグラフまとめ
以上が「パンタグラフ」に関するお話でした。内容を以下にまとめます。
集電装置の仲間
パンタグラフ以外の集電装置には、以下のようなものがある。
第三軌条方式(サードレール式)
給電用のレールを敷き、集電靴で電気を取り入れる方式。トンネルの断面積を小さくできるというメリットがあるが、高速運転には不向き。
トロリーポール
立山トンネルトロリーバスで採用。トロリーポールという2本の棒で電気を取り入れる方式。日本ではまもなく見納め。
概要
語源
菱形の製図用具「パンタグラフ」から。
役割と仕組み
- 架線から電気を取り入れる装置で「バネ上昇式・空気下降式」が一般的。
- 上部先端を「集電舟」といい、さらに架線に接触する部分「すり板」は、軽くて電気抵抗が少ないカーボンや金属でできている。
- 集電舟の左右先端は、ポイント通過時に架線が引っかからないようにするために、斜め下に向いた「ホーン」が付いている。
種類
菱型
架線への追従性能が高く安定しているが、重く騒音の原因になる。新幹線には採用例なし。
下枠交差型
菱型パンタグラフを小型軽量化したもの。騒音も低減され、新幹線で採用実績あり。
シングルアーム型
現在の主流。部品数が少なく安価で保守しやすい。雪に強いほか、トンネルが小さな線区でも使用できる。空気抵抗もさらに低減。
下枠短縮型シングルアーム
新幹線N700系で採用。パンタグラフの下半分を風防で覆い、露出部分を最小限にしている。
Z型
路面電車の一部で採用。折りたたまれた時の面積が小さく済むが、高速運転には不向き。後期型はパンタグラフ中央付近で折れ曲がった構造をしており、追従性能が向上している。
石津式(岡電式)
岡山電気軌道の路面電車で唯一使用されており、「おもりの重力」によって架線にすり板を押し付ける。高速運転には適さないが、保守性に優れている。
普段、電車を利用しているとなかなか意識することがないパンタグラフですが、次回利用する時は是非屋根上を見上げてみてください。線区によっては様々な種類のパンタグラフを見ることができて楽しめるのではないかなと思います。パンタグラフは時代とともに形を大きく変化させてきました。いかに軽量で、いかに安価で、いかに低騒音かつ高耐久性を追求していくかという、先人の方々の努力が詰まった装置です。そう考えると、たかが集電装置の一つなのですが、見え方が少し変わってくるのではないでしょうか。目立たないところで、今日も電車の運行を陰で支えてくれています。
また、岡山の石津式の激レアパンタグラフも、もし岡山に来る機会があれば是非見てみてください。ここでしか見られないと思うと、感慨もひとしおですよ。おもりを使ってパンタグラフを上昇させるという、石津さんの発想力にも驚きです。
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