ホームで新幹線を待っていると、キュルキュルと一際大きな音をたてて停車する新幹線車両がいます。古い500系か700系かと思いきや、何と犯人は最新型のN700S系です。鉄道は新しくなれば新しくなるほど、騒音が減って静かになるイメージがありますが、なぜ最新型のN700S系は停止時に大きな音をたてるのでしょうか。
結論から申し上げますと、N700S系はより早く停車できるよう、従来型よりも強力な基礎ブレーキ装置が装備されているために大きな音が鳴るのです。今回のテーマは「N700S系謎のキュルキュル音」です。それでは、詳しく見ていきましょう!
電気ブレーキと空気ブレーキ
新幹線車両はモーターを発電機にすることによりブレーキ力を得る「電気ブレーキ」と、車輪を制輪子(ブレーキライニング)で挟み込むことによりブレーキ力を得る「空気ブレーキ」の2種類を使用して列車を停止させます。
通常、減速する際に使用されるブレーキは前者の「電気ブレーキ」です。空気ブレーキはほとんど使用されることはなく、速度が落ちた停車間際にわずかに使用されるのみです。
さて、今回の本題となります「キュルキュル音」ですが、停車間際に発生する音であることから、原因は空気ブレーキにありそうですね。
空気ブレーキを構成している装置
では、空気ブレーキとはどのようなものなのでしょうか。空気ブレーキを構成している主な装置をご紹介いたします。
基礎ブレーキ装置
「空気」と名がつく通り、このブレーキには「圧縮空気」が使用されています。この圧縮空気の力を使って車輪を強く押さえつけ、ブレーキをかける装置のことを「基礎ブレーキ装置」といい、回転する車輪に押しつける部分を「制輪子」または「ブレーキライニング」といいます。
ブレーキディスク一体型車輪
在来線などでは、車軸にブレーキ用の鉄の円板「ブレーキディスク」を設け、このブレーキディスクを制輪子で挟み込むことによりブレーキをかけます。ところが、この方式は床下のスペースの関係上、モーターが付いている車軸にはブレーキディスクを取り付けることができません。新幹線の編成はほとんどがモーター車で構成されているため、これではブレーキディスクを取り付けることができません。そこで、新幹線では車輪とブレーキディスクが一体型となった方式を採用しています。この方式では、制輪子はブレーキディスクではなく、車輪そのものを両側から挟み込むことでブレーキをかけます。この車輪を挟み込む装置を「対向型キャリパブレーキ装置」といいます。
増圧シリンダー
なお、これまで空気ブレーキには圧縮空気を使用すると述べてきましたが、実際には途中で空気から油圧に変換され制輪子に伝わります。これは、非常に強いブレーキ力が求められることから、途中に「増圧シリンダー」という圧力を高める装置を介し、空気圧を油圧に変換させることで、さらに圧力を高めるためです。高速で走行する新幹線を止めるための非常に重要な装置です。
緊急時のブレーキ
さきほど、通常時はモーターを発電機として使用する「電気ブレーキ」を用いて減速すると述べました。これは、モーターから発生した電気を架線に返すことによって成立するブレーキで「回生ブレーキ」と言います。色々な種類のブレーキが出てきてこんがらがりそうですが、回生ブレーキは何種類か存在する電気ブレーキの一つと考えて下さい。ブレーキ時、自列車の不要になった電気を他の加速中の列車にリサイクルさせることができるという、大変エコで優れたブレーキで電車列車に広く使用されています。
ところが、モーターが壊れてしまったり、架線に電気がうまく返せなくなったりすると、この「回生ブレーキ」を使うことができなくなります。また地震発生時や運転士が異常を認めた場合は強制的に停電状態になるのですが、架線が停電している状態の時も回生ブレーキは使用できません。その時は、やむなく高速から空気ブレーキを使用することになります。
停電=緊急事態なので一刻も早く空気ブレーキのみで列車を止めなくてはなりません。通常時はあまり使われる頻度が少ない空気ブレーキですが、いざという時の最後の砦です。新幹線車両にとって空気ブレーキ性能の良し悪しは、安全性に直結する重要な要素なのです。
改良されたブレーキ装置
出典:JR東海ニュースリリース「次期新幹線車両「N700S」量産車の仕様および投入計画について」2019年1月25日
N700S系は制輪子のほか、ATC装置などブレーキ装置全体が改良されており、地震発生時285km/hからのブレーキ距離が従来型のN700Aと比較して5%短縮されています。また、制輪子そのものの長寿命化も図られています。他の形式では発生しないN700S系の停車間際の大きなキュルキュル音は、この改良された基礎ブレーキ装置によるものです。従来型よりも強力になった証とも言えるでしょう。
N700S系キュルキュル音まとめ
以上が「N700S系謎のキュルキュル音」に関するお話でした。内容を以下にまとめます。
電気ブレーキと空気ブレーキ
電気ブレーキ
モーターを発電機にすることによりブレーキ力を得る。減速する際に使用される。
空気ブレーキ
車輪を制輪子(ブレーキライニング)で挟み込むことによりブレーキ力を得るブレーキで、停車間際に使用される。キュルキュル音はこの空気ブレーキが発する。
空気ブレーキを構成している装置
基礎ブレーキ装置
圧縮空気の力を使って車輪を押さえつけ、ブレーキをかける装置。回転する車輪に押しつける部分は「制輪子」または「ブレーキライニング」という。
ブレーキディスク一体型車輪
在来線では、車軸にブレーキ用の鉄の円板「ブレーキディスク」を設けているが、新幹線では車輪とブレーキディスクを一体型にしたもの採用。車輪を挟み込む装置を「対向型キャリパブレーキ装置」という。
増圧シリンダー
圧縮空気を油圧に変換し増圧する装置で、ブレーキ時にはこの油圧の力が制輪子に伝わる。高速で走行する新幹線を止めるための非常に重要な装置。
緊急時のブレーキ
電気ブレーキのうち、架線に電気を戻すことができるブレーキを「回生ブレーキ」という。優れたブレーキである一方、地震などにより架線が停電した時は使用できない。そのため、緊急時には空気ブレーキのみで速やかに止まる必要があるため、空気ブレーキ性能の良し悪しは安全性に直結する。
改良されたブレーキ装置
N700S系は制輪子やATC装置などブレーキ装置全体を改良し、285km/hからのブレーキ距離が従来型のN700Aと比較して5%短縮。また、制輪子そのものの長寿命化も図られている。N700S系の大きなキュルキュル音は、従来型よりも強力になったこの基礎ブレーキ装置によるもの。
今回は、新幹線のブレーキには「電気ブレーキ」と「空気ブレーキ」があること、そして空気ブレーキは通常時は停車間際以外で使用する事がないものの、地震などで架線停電が発生した際に使用される大変重要なブレーキであるというお話をさせていただきました。
最近では、宮崎県沖で発生した地震により南海トラフ地震臨時情報が発表されたほか、日本各地で大きめの地震が頻発しています。地震大国日本にとって、鉄道の運行に大きな影響を与える地震がいつ起きてもおかしくない状況といえるでしょう。新幹線は様々な地震対策が行われていますが、このN700S系の基礎ブレーキ装置の改良もその一つといえます。200km/hを超える速度から急に止まる事は不可能ですが、ブレーキ距離を少しでも短くすることで、被害を最小限に食い止めることができるかもしれません。新幹線のブレーキ性能向上は、まさに永遠のテーマであるといえます。これからも、様々な施策を通して新幹線の安全性を高め、より安心して乗車できる新幹線になってくれたら嬉しいなと思います。
なお、新幹線や在来線の地震対策については、過去に記事にしています。リンクを貼っておきますので、まだ読んでいないようでしたら是非チェックしてみて下さい!
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