過去、新幹線の付随車(モーターが付いていない車両)には「渦電流ディスクブレーキ」という電気ブレーキが採用されていました。これは空気ブレーキと違って制輪子のような摩耗する部分がない非接触式のブレーキで、これにより編成全体のブレーキ力を均一に保つことができます。また、高速であればあるほど強力に作用することから、新幹線にはうってつけの電気ブレーキだったのですが、実は大きな欠点もかかえていたのです。それは「めっちゃ重い」ということ。車体の重量にシビアな最近の新幹線にとって、これは無視できる問題ではありません。今回のテーマはこの「渦電流ディスクブレーキ」です。いかに採用され、そして淘汰されていったのか。それでは、詳しく見ていきましょう!
渦電流ディスクブレーキの概要
電気ブレーキの一種
渦電流は「うずでんりゅう」と読みます、面白い名前ですよね。鉄道車両に使われている数あるブレーキのうち、渦電流ディスクブレーキは「電気ブレーキ」の仲間です。車輪と共に回転する金属製の円板を電磁石で挟み込む構造になっています。
「アラゴの円板」を利用した非接触ブレーキ
一見すると在来線車両で採用されている空気ブレーキ「ディスクブレーキ」に似ていますが、ディスクブレーキの制輪子に相当する部分である電磁石は、金属の円板と接触することがない「非接触」のブレーキ装置です。電磁石に電気を流して磁界を発生させることにより、金属円板に渦電流が流れ、これが回転を止める方向の力を発生させています。金属製の円板を磁石のS極とN極で接触しないように挟み込み、円板に沿って回転させると、それを追いかけるように円板も回転を始める「アラゴの円板」という現象をうまく利用したシステムです。
なぜ必要なのか
列車は減速する時、編成全体に均一にブレーキがかかっている状態が理想です。もし、ブレーキが強い車両と弱い車両が混ざっていては衝動が大きくなり乗り心地が悪化する他、極端な例だと後ろの車両に押されて脱線することもあります。
ところで、新幹線のブレーキは、大きく分けるとモーターを発電機にすることによりブレーキ力を得る「電気ブレーキ」と、車輪を制輪子で挟み込むことによりブレーキ力を得る「空気ブレーキ」の2種類が使用されています。通常、高速域から速度を低下させる時に用いられるブレーキは、前者の「電気ブレーキ」です。後者の「空気ブレーキ」は停車する直前しか使用されません。
すなわち、付随車は減速時にブレーキがかかっていないことになるのですが、これだと編成全体でブレーキ力を均等に保つことができません。一方で、搭載する必要がないモーターを無理矢理付けるのも経済的ではありません。また、空気ブレーキのみで減速すると制輪子があっという間に摩耗してしまうので、これも避けたいところです。そこで、付随車用のブレーキとして登場したのが、この「渦電流ディスクブレーキ」です。
渦電流ディスクブレーキの長所
摩耗部品が無い
渦電流ディスクブレーキは非接触式のブレーキシステムです。そのため、空気ブレーキの制輪子のような摩耗する部分が一切ないのでメンテナンス性に優れています。
高速なほど有効
また、高速であればあるほど円板上の磁界の変化が急になり、発生する渦電流が大きくなるので、新幹線のような高速で走る列車には非常に有効なブレーキと言えます。
初めて採用した100系
初めて新幹線車両に渦電流ディスクブレーキが装備されたのは100系からでした。これまでの0系は全ての車両がモーター車でしたが、100系はモーター出力が0系よりも向上したため、付随車を編成内に組み込む余裕ができたからです。16両編成のうち、両先頭車両と8号車・9号車の2階建車両の計4両が付随車となり、渦電流ディスクブレーキが搭載されました。
重さが仇となる!300系の失敗
致命的な欠点「重い」
さて、この渦電流ディスクブレーキですが、一つ大きな欠点があります。それは「非常に重い」ということ。1本の車軸に2つずつ搭載しているのですが、使用されている金属製の円板がかなり重量があります。ダンベルを積んでいるようなものですからね。
軽量化を追求した300系
100系の次に登場した初代のぞみ号である300系新幹線では、騒音低減のため軽量化を第一の目標に開発されました。速度を220km/hから270km/hに向上させつつ、騒音をこれまで以下にするには大幅なダイエットが必要だったからです。モーター車両もさらに削減され、100系は16両中4両が付随車でしたが300系では6両が付随車となりました。
モーターの方が軽い!?
これで大幅な軽量化達成!と言いたいところなのですが、ここで問題が発生します。100系は一つ当たり825kgの重量がある直流モーターを採用していたのですが、300系では新型の交流モーターを採用し、重量がおおよそ半分になりました。ところが、渦電流ディスクブレーキ用の円板は軽量化することができず、重いままです。そのため、開発の過程でなんとモーターよりも渦電流ディスクブレーキの方が重くなってしまったのです。軽くしようと思って付随車増やしたのに、付随車の方が重くなる…軽量化を追求したはずなのにがっかりな結果となりました。
ブレーキ時に電力を消費
しかも、この渦電流ディスクブレーキはブレーキ力を発揮するのに電力を消費します。300系は回生ブレーキという、不要な電力を架線に戻すエコなブレーキが使えるようになった初の新幹線車両なのですが、渦電流ディスクブレーキはこの回生ブレーキで発生した電力を使用してブレーキ力を得ていました。「お前がこの電気使うんかーい!」と声が聞こえてきそうです。ブレーキをかけるために電力を消費するという面も、省エネルギーに反した装置になってしまっています。
500系以降の採用状況
500系
300系の後に登場した500系は全ての車両がモーター車なので、渦電流ディスクブレーキはそもそも採用されませんでした。
700系
700系は16両編成中、両先頭車両と8号車・9号車の計4両が付随車となり渦電流ディスクブレーキが採用されましたが、これまで一軸に2つ搭載していたものを、半分の一軸1つにして車両重量のバランスをとっています。
N700系・N700S系
N700系・N700S系16両編成では、両先頭車両の2両のみが付随車ですが、モーター車の回生ブレーキで付随車のブレーキ力も補完することができるようになったことから、付随車への渦電流ディスクブレーキは省略されています。
まとめ
以上が「渦電流ディスクブレーキ」に関するお話でした。内容を以下にまとめます。
渦電流ディスクブレーキの概要
- 「電気ブレーキ」の一種。
- 車軸に搭載されている金属製の円板を電磁石で挟み込む「非接触式」のブレーキ。
- 電磁石に電気を流して磁界を発生させることにより、金属円板に渦電流が流れ、回転を止める方向の力を発生させる。
- 「アラゴの円板」という現象を利用した仕組み。
なぜ必要なのか
- 列車は減速時、編成全体に均一にブレーキがかかっている状態が理想。
- 新幹線は、モーターを発電機にすることによりブレーキ力を得る「電気ブレーキ」のみで減速する。
- モーターのない付随車は「渦電流ディスクブレーキ」を採用することで、編成全体のブレーキ力を均一に保つ。
渦電流ディスクブレーキの長所
- 非接触式のため摩耗する部分が一切ない。
- 高速であればあるほど強力になるため、新幹線のような高速列車に非常に有効。
初めて採用した100系
- 従来の0系は全ての車両がモーター車。
- 100系はモーター出力が0系よりも向上。16両編成中4両が付随車となり、新幹線で初めて渦電流ディスクブレーキが搭載された。
重さが仇となる!300系の失敗
- 渦電流ディスクブレーキは「非常に重い」という欠点がある。
- 300系は軽量化を第一の目標に開発され、付随車も6両に増やされた。
- 新型の交流モーターの重量が従来の半分になったため、渦電流ディスクブレーキを搭載した付随車の方が逆に重くなってしまった。
- 渦電流ディスクブレーキは、ブレーキ時に電力を消費するため、省エネルギー性に難あり。
500系以降の採用状況
500系
全ての車両がモーター車。渦電流ディスクブレーキの採用なし。
700系
16両編成中4両が付随車。渦電流ディスクブレーキの搭載数を従来の半分とし、車両重量のバランスをとっている。
N700系・N700S系16両編成
両先頭車両の2両が付随車。モーター車の回生ブレーキで付随車のブレーキ力も補完できるため省略。
300系新幹線は「第二世代」新幹線と言われることがあります。0系、100系が「第一世代」ですね。100系は0系の後継車両ではありますが、走行装置などは0系の延長線上にあり、速度も10〜20km/hの向上にとどまっています。それに対し300系は、アルミニウム合金を使用した軽量車体、ボルスタレス台車、VVVFインバーター制御に交流モーター、回生ブレーキと新技術がいっぺんに導入された、これまでとは一線を画す車両となっています。特に制御方式と交流モーターは半導体技術の目覚ましい進歩の賜物といえるでしょう。まさか渦電流ディスクブレーキよりもモーターが軽くなる日が来るなんて…当時の方々は驚いたと思います。技術の進歩は本当に凄いですね。
一方で、今回の主役である渦電流ディスクブレーキは軽量化されることなく、淘汰されてしまいました。現在、山陽新幹線で渦電流ディスクブレーキが搭載されている形式は、主にこだま号で使用されている700系E編成「レールスター」のみです。進歩する者は生き残り、とどまる者は淘汰される…日々進化する技術の世界で生き残る厳しさを感じました。
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