在来線の運転士は、運転中に踏切で自動車が脱輪していたり、線路に人が倒れていたり、線路の故障を発見したりした時など、異常を発見した時はただちに非常ブレーキで停止するとともに、二次災害を防止するために近隣を走行する列車にもその異常を知らせ、停止させなければなりません。この時、周りを走る列車に停止信号を現示する方法として専用の無線が用いられ、この無線の事を「防護無線」といいます。また、それを出す装置を「防護無線機」といいます。今回のテーマはこの「防護無線」です。
実は信号の一種。防護無線の位置づけとは?
緊急時は、自分の運転している列車のほか、近隣を走行している列車も緊急に停止させる必要があります。列車の運転士は、併発事故の防止も重要な責務の一つなのです。ところで、こういった周りの列車を緊急に止める際に使用する信号を「特殊信号」といい、以下の3種類が存在します。
発光信号
沿線に設置してある「特殊信号発光機(略して特発)」により停止信号を現示する方法です。落石警報装置が作動した場合や、踏切の非常ボタンを押したり、踏切の遮断桿が下りているにも関わらず、踏切内に人や車が介在していたりすると、この特殊信号発光機が赤く点滅し、運転士に異常を知らせます。
発炎信号
「信号炎管」と呼ばれる赤色の炎が出る管により、進来してくる列車に対して停止信号を現示します。信号炎管は乗務員室に備え付けてあります。自動車にも似たようなものが装備されているので、イメージはしやすいかもしれません。
運転士は自分の列車を停止させた後、反対線路を走行してくる列車を止めるために、この信号炎管を点火の上、円形にクルクル回しながら600メートル走ります。その後それを線路に置き、もう1本信号炎管を追加し、計2本を線路上に設置したら、反対列車を止める初期対応は終了です。
信号炎管の炎が停止信号になると聞くと少し頼りないと思われるかもしれませんが、この信号炎管から出る炎はとても明るく、遠くからでも確実にそれだとわかるくらいハッキリと見えます。燃焼時間は5分間です。
発報信号
今回ご紹介する「防護無線」はこれに部類します。運転席に設置されている「防護無線機」を取り扱う事により、他の列車に無線で停止信号を現示します。
運転士が防護無線機を取り扱うとどうなる?
では、実際に運転士が防護無線機を取り扱うとどうなるのでしょうか。防護無線機の発報ボタンを押すと、半径1km以内に対して停止信号を発します。受信すると、防護無線機から「ピピピピ!」と警音が発せられ、それを聞いた運転士は、手動で非常ブレーキをかけて列車を止めます。
ところで「半径1km」という事ですが、路線が放射状に伸びている地域や、大都市のような様々な路線が密集している地域で防護無線を発報すると、線区に関係なくその無線が届く全ての列車が止まってしまう事になります。大阪ですと、JR神戸線を止めたかったのに、大阪環状線も止まってしまった…というような具合です。緊急事態を速やかに伝える事ができるという長所がある反面、止めたい線区をピンポイントで止める事ができないという面は、防護無線の欠点かもしれません。
また、半径1kmというのもあくまで目安です。実際には天候などの条件によって、はるか遠くの全く関係のない線区の防護無線が飛んでくる事もあります。また、これは稀なケースですが、受信範囲のちょうど境目に当たると、運転士は受信していないのに車掌側は受信し、車掌の非常ブレーキで停止するなんてことも…。運転士は始め何が起こったかわからず、ビックリしますね。
三河島事故の苦い教訓
この防護無線は、1962年5月3日に常磐線三河島駅構内で発生した「三河島事故」での教訓から列車に設置されるようになりました。この事故は、赤信号を見落とした貨物列車が側線に突入して脱線し、下り線にはみ出して停止。そこへ下り普通列車が突入して脱線し、上り線にはみ出して停止。そして、そこへ上り列車が激突し、脱線・大破した多重事故です。死者160名、負傷者296名を出す大惨事となりました。
様々な原因が重なり合って起きたこの事故ですが、事態を悪化させた原因の一つに「脱線後に列車防護ができていなかった」こと。つまり、1回目、2回目の事故の後、他の列車を止める手配を乗務員ができていなかったということです。
この苦い経験から、常磐線の列車を皮切りに防護無線機が装備されるようになりました。また、事故が発生した場合には、併発事故の阻止を第一優先にするよう、乗務員の訓練が徹底されるようにもなりました。
新幹線の防護無線について
これまで在来線の防護無線についてお話してきましたが、防護無線は新幹線においても使用されています。ただし、新幹線の防護無線機は在来線と違って運転台には設置されておらず、車両側は受信するのみです。では、誰が防護無線を発報するかというと、線路の巡回や作業をしている係員です。こちらも半径1km以内に無線を発するのですが、新幹線は300km/hで走行しているので、防護無線を発報したところで全く間に合いません。なので、どちらかというとATCを使用せず、低速で列車の入換え作業をしている新幹線に向けて発するものとなります。
以上で、列車を止めるために使用されている「防護無線」について解説させていただきました。列車の安全を守るために様々な仕組みや装置が開発され、運用されていますが、それは先人の方々が経験した苦い失敗の積み重ねでもあります。現在の安全な鉄道は、色々な人々の知恵と努力の結果、成り立っているんですね。
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