今回のテーマは、電車の電気を制御する方式の一つ「抵抗制御法」です。
直流電気は弱められない!?
様々な制御方式
鉄道関連の雑誌を読んだり、インターネットで電車の情報を調べたりしていると「VVVFインバーター制御」とか「チョッパ制御」といった難しそうな単語が、さも当たり前のように出てくるのですが、皆さんはこれらが何かご存知でしょうか?
架線の電気はそのまま使えない
電車に使われている主電動機、すなわちモーターは架線から受けた電気を使って回転します。在来線の直流電化区間の場合「1,500V」という高圧の電気が流れているのですが、その電圧のままいきなりモーターに送ってしまうと、電圧が強過ぎて焼けてしまいます。その為、始めは弱い電圧で電気を流し、速度に応じて徐々に電圧を上げていかなくてはなりません。ところが困ったことに、直流電気は電圧を変圧器で調整することができません。電圧を弱くする事ができないのです。
送電には高電圧が効率的
では、架線に送られてくる直流電気の1,500Vそのものを、もっと弱くすればいいじゃないかとなるのですが、電圧が弱すぎると今度は電気を遠くまで送る事ができません。そのため、沿線に電気を送る「変電所」をたくさん設置しなければならず、経済的ではありません。水と同様、電気を効率良く送ろうとすると、どうしてもある程度の圧力が必要なのです。
直流電圧を調整する「抵抗制御法」
この高圧の直流を何とかして弱くしたい!そこで誕生したのが「抵抗制御法」という制御方式です。電車の電気を制御する方式はたくさんありますが、この「抵抗制御法」はその元祖にあたるもので、長い間広く使用されてきました。
主抵抗器と主制御器のタッグ!
主抵抗器
先ほど直流電気は変圧器で変圧ができないと述べました。そのため、変圧器の代わりとなる電圧を下げるための機器が設けてあります。「主抵抗器」という装置です。抵抗器とは、電気抵抗を得るための電子部品で、電気を流すと熱として消費します。主抵抗器に熱として電気を消費してもらい、電圧を下げてモーターに電気を流すというのが、抵抗制御法の仕組みです。
主制御器
電気をどれだけ主抵抗器に送るかは「主制御器」という機器が調整していて、速度が低いときは主抵抗器にたくさんの電気を流し、速度が高くモーターに強い電圧をかけたいときには主抵抗器に流す電気を少なくするようにしています。主制御器が速度(※)に応じて主抵抗器に指示を出し、主抵抗器はその指示に応じて、抵抗器に流す電流を調整します。これにより、モーターは速度に応じた適切な電気を受け取る事ができ、スムーズな加速が可能となるのです。主制御器は主抵抗器の「頭脳」といったところでしょうか。
※正確には速度ではなく、主電動機内に発生する「逆起電力」という回転に逆らう反抗的なやつがいて、この強さを見ながら調整します。逆起電力は速度の上昇とともに増加するため、速度に応じて指示を出していると考えても問題ありません。
カムがピアノを弾き、電気ストーブを操る!?
接点を構成する「カム」
主制御器の中には、回路の接点を構成するために「カム」という円盤が多数取り付けられています。このカムが「限流値」という予め設定された電流値に達すると回転して新たな回路を構成し、主抵抗器の電流をコントロールしています。このカムが回転する事を「進段」といいます。
ピアノ奏者と電気ストーブ
なかなかイメージしにくいと思うのですが、例えるならば電車の床下に「ピアノの鍵盤」があると思って下さい。主制御器の中のカムはピアノを押す「指」。そして主抵抗器は「電気ストーブ」です。カムが「ド」を押すと「弱」、「レ」を押すと「中」、「ミ」を押すと「強」といった具合です。当然ですが、実際にはもっと多くの区分があります。国鉄時代に製造された近郊型電車115系は24段、電気機関車のEF66は104段もあります。主制御器が奏でるピアノの音色で電気ストーブの強弱が決まる、すなわち捨てる電気の量を決める、そんなイメージですね。主制御器は加減速している間、休みなく働いて(=カムが回転して)います。頑張れ!主制御器!
電気を捨てろ!抵抗制御の苦悩
電気を「捨てる」制御法
ところで、加速するときに電気を熱に変えているという事は、要するにせっかく架線から得た電気を捨てているという事になります。もったいないですね…。抵抗制御法とは「電気を捨てて電圧を調整する方式」です。エネルギー効率から考えたら当然良いとはいえません。
低速時は電気のほとんどを放熱
実際115系では時速25km/hに達するまでに50%を、25〜50km/hでは25%もの電気を熱として捨てているのです。電気の損失は大きいですが、電圧調整が簡単な方式として無駄を承知で使用されてきました。
果てしない「省エネ」との戦い
電気の制御技術が進歩した現在、新型車両の登場時に「前の形式と比較して消費電力を◯%削減しました!」なんてよく表現されますね。旧式の車両は、モーターを回転させる為に使う予定だった電気が色々な機器から熱で逃げてしまっていたり、また意図的に逃がしていました。
最近の車両は機器の排熱を抑えたり、いらなくなった電気を回収できるようにして、段々と電気を本来の目的にしっかりと使えるようになってきたのです。だから「省エネ」なんですね。とはいえ、取り入れた電気を100%無駄なく使い切る事は不可能です。そのため、省エネとはいかに100%に近づけるかという果てしない戦いなのです。
抵抗制御法は単体では使用しない!?
今回は抵抗制御法をご紹介しました。鉄道雑誌などに過去の車両の紹介記事が載っていたらかなりの頻度で出てくる単語です。少しでも意味がわかっていると、理解が進んで楽しめるかもしれません。
ところで、最後に混乱させてしまうかもしれませんが、実は抵抗制御法を採用している車両は「抵抗制御法と他の制御方式を組み合わせて使用」しています。この方式のみを採用している車両はありません。抵抗制御法に使用されている「抵抗器」を仮に全て短絡させても、実は平坦な線路においては40km/h程度までしか加速できないからです。
そこで、この後直列の回路を並列に組み替えたり、逆起電力という邪魔者をやっつけたりするのですが、話が長くなってしまうので今回はここまでにいたします。
いかに制御するのか?先人たちの思い
電車の電気のコントロールは奥が深いです。抵抗制御法は、まだ現在のようなハイテクな機器や半導体が無かった時代、いかにモーターの電流を滑らかに制御するかという先人たちの戦いの賜物です。抵抗制御でなめらかに加速しようと思うと、制御のための段数を増やすことになりますが、増やし過ぎると主制御器を複雑化・大型化させてしまう、つまり「カム」と「ピアノの鍵盤」をむやみに増やしてしまう事になります。機械的にちょうど良い段数、コンパクト化するための努力が、半導体が登場するまで極限まで追求されています。勉強すると研究されていた方々の苦労が見えるようで、頭が下がる思いがいたします。
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