「出発進行」という言葉、これまで聞いたり使ったりした事は皆さん一度はあると思います。家族でお出かけする時に、後部座席に座っている子どもが「出発進行!」と声をあげる風景、日常的にありますよね。主に「今から出かけるぞー!」というように、出発する時のかけ声に使われる言葉なのですが、実はこの言葉、鉄道業界の専門用語だって事はご存知でしたか?今回のテーマはこの「出発進行」という専門用語についてお話いたします。
鉄道の安全を守る仕組み
では、どんな意味なのか?結論から申し上げますと「出発信号機が進行信号を現示している状態」を出発進行と言います。難しいですね。出発信号機とは何ぞやという話なのですが、これを知るためにまずは鉄道の安全を守る仕組みから簡単にお話いたしましょう。
左側通行の原則
複数の列車を運転する場合、何の決まりもなく無秩序に運転していては、当然の事ながら列車は正面衝突や追突といった事故を起こしてしまいます。そこで、一般的によく見かける2本の線路がある複線の場合は、必ず左側を通行すると決めて、列車同士が正面衝突を起こさないようにしています。
閉そく信号機
同じ方向に複数の列車を運転する場合、追突を避けるには前を走る列車と後ろを走る列車の間隔を十分に空ける必要があります。そこで、線路を複数の区画に分け、その一つひとつの区画には絶対に1本の列車しか入れないようにする方法が取られています。この、一つの区画を1本の列車しか入れないようにする事を「閉そく」と言い、この区画のことを「閉そく区間」と言います。そして、この閉そく区間を設けて列車を運転する方法を「閉そく方式」というのです。
この「閉そく」という区切られた区間の入り口には、その閉そく区間に列車がいるかどうかを運転士に知らせる物が設置されていて、これが信号機です。閉そくの入り口に設置されているこの信号機の事を「閉そく信号機」と言います。運転士は閉そく信号機を見て、次の閉そく区間に列車がいない事を確認して、運転を行います。
停車場に設置されている2種類の信号機
さて、お客さんが乗り降りをする駅ですが、鉄道業界ではこれを「停車場」と言います。運転士は閉そく信号機を確認しながら運転をしてきました。まもなく次の停車場に到着します。この時、停車場に列車が入ってよいかどうかを知らせる、停車場の入り口にある信号機の事を「場内信号機」と言います。
停車場に到着した列車は、次の停車場に向けて発車しようとしています。この時、停車場から出発しても良いかどうかを知らせる、停車場の出口にあたる信号機の事を「出発信号機」と言います。出発信号機、出てきましたね!出発信号機とは停車場、すなわち駅から出発してもよいかどうかを運転士に知らせる役割を持った信号機の事だったのです。
閉そく信号機との違いとは?
停車場には、複数の列車が停まれるように、のりばが分かれています。列車はポイントを渡って指定されたホームに到着します。一番初めに紹介した閉そく信号機は、次の閉そく区間に列車がいるかどうかだけを運転士に知らせていました。この信号機は人間が操作する事ができない、完全に自動の信号機です。対する場内信号機と出発信号機は、複数の線路がある停車場の入り口と出口に設けられている信号機で、閉そく区間に列車がいるかどうかだけではなく、正しい方向にポイントが向いていて、列車が指定されたホームに入り、そして出られるかどうかもチェックしています。この信号機も自動で動きますが、人間も操作ができるようになっているのが特徴です。
5種類の「信号現示」
停止信号と進行信号
さて、これでまずは出発信号機がいったい何なのかがわかりました。続いて2つめの謎の単語「進行信号」についてです。先ほど登場した閉そく信号機や場内信号機、そして出発信号機には「赤」「黄」「青」の3色の色が使われていて、これは道路に設置されている交通信号と同じなのですが、それぞれの意味合いが少し違います。信号の表し方を鉄道の専門用語では「現示」と言い、鉄道の信号機では一般的に最大5現示のものが使用されています。それぞれの意味を見ていきましょう。
赤:停止信号
「停止せよ」または「この信号機の先に支障がありますよ」という意味です。運転士はこの現示を確認した時は、その信号機の手前に必ず停止します。
青:進行信号
「この信号機の先に支障はありません。決められた速度以下で運転して下さい」という意味です。
さて、鉄道においてはこの「停止せよ」と「進行してよい」の2種類の信号現示さえあれば運転できます。しかし、この2種類だけだとちょっと不都合が生じます。運転士が「進行現示」を確認して最高速度で運転していたら、次の閉そく信号機に「停止信号」が現示されていました。運転士はその停止信号までに止まらなければならないので急ブレーキをかけることになります。当然乗り心地は良くないですし、万がーブレーキが遅れてしまったら、停止信号までに停止できず、次の閉そく区間にいる列車に追突してしまうかもしれません。自動車と違い、鉄の車輪の鉄道はすぐには止まる事ができないのです。
速度を指示する信号現示
そこで、このような不都合を解消するため「進んでも構わないのだけど、前を走る列車に近づいてきたから速度を落として下さい」という意味を持つ信号現示ができました。それが、これから紹介する3つの信号現示で、交通信号にはない鉄道特有のものです。
黄×1:注意信号
次の信号機に停止信号、または警戒信号(この後紹介します)が現示されている、もしくはこの先に停止位置がある事を予告して「進んでも構わないけれども、速度を落としてね」という意味です。この注意信号を確認した運転士は、鉄道事業者や線区によっても異なりますが、45km/h以下あるいは55km/h以下で列車を運転します。
黄×2:警戒信号
次の信号機に停止信号が現示されている、または停止位置があり、なおかつ過走余裕距離が短いことを運転士に予告します。過走余裕距離とは、運転士が停止位置を誤って行過ぎた場合でも、支障しないように設置された予備区間の長さの事です。この予備区間が短い駅でオーバーランしてしまうと、他の列車に追突したり、違う方向を向いたポイントに進入して脱線したりする危険があります。過走余裕距離は100メートルが標準的な長さとなっていて、これより短い場合は警戒信号を現示します。警戒信号を確認した運転士は 25km/h以下で運転します。
青×1・黄×1:減速信号
次の信号機が警戒信号、または注意信号であることを予告します。この減速信号を確認した運転士は、鉄道事業者や線区によっても異なりますが、65km/hあるいは75km/h以下で列車を運転します。
以上が閉そく信号機、出発信号機、場内信号機で使用する色と、その意味合いです。交通信号と使う色は一緒ですが、意味がだいぶ違う事がわかったのではないと思います。鉄道は信号現示によって「速度」を指示しているのが特徴です。
その他の信号現示
ちなみに、今回紹介した信号現示は5種類ですが、鉄道会社によってはもっと多いところもあります。たとえば東京の大手私鉄である京浜急行電鉄では、進行信号と減速信号の間に「抑速信号」というものがあり、青色と黄色を明滅させて現示するというユニークな信号があります。この信号を確認した運転士は105km/h以下で列車を運転します。運転本数が多く、閉そく区間も短くとっており、速度をよりきめ細かく調整するための工夫がなされています。
また、成田空港へのアクセス線である成田スカイアクセス線では、進行信号の上位信号「高速進行」という現示があり、青を2つ点灯させます。同区間を走る特急列車「スカイライナー」を高速で運転するための信号現示です。
「出発進行」という言葉の真の意味は?
さて、これで出発信号機の意味も、進行信号の意味も理解する事ができました。まとめますと「出発進行」とは「出発信号機が進行信号を現示している状態」で、この出発信号機とは停車場、すなわち駅から出発してもよいかどうかを運転士に知らせる役割を持った信号機の事。そして進行信号とは「この信号機の先に支障はありません。決められた速度以下で運転して良いですよ」という意味。信号の表し方を鉄道の専門用語では「現示」と言うのもご紹介いたしました。
つまり「出発進行」は、「運転士さん、駅から列車を発車させても構いません。この信号機の先に支障はありませんから、決められた速度以下で運転して下さい。それではいってらっしゃい!」という出発信号機から運転士に向けたメッセージだったわけです。
出発信号機は「進行」だけではない
ところで、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、出発信号機は当然「進行信号」だけを現示するわけではありません。「出発進行」という言葉だけが有名になっていますが、支障あれば「出発停止」(または「出発赤」)、近くに列車がいれば「出発減速」だってあるわけです。あまり聞かないフレーズなので達和感がありますが、実際に運転士の後ろに乗車していると、こういった喚呼も聞くことができます。お子さんから「出発減速!」とかけ声がかかったら、その子は鉄道の仕組みについてかなり理解されています。よく知っているね!と褒めてあげてください。
「出発進行」の本当の意味、皆さんは理解していただけましたか?おでかけする際、お子さんから「出発進行!」と声がかかったら「今日のおでかけに前途支障なし。交通ルールに気を付けて安全運転でよろしくね」といった具合の意味となるでしょうか。素敵な言葉ですね。もしこの言葉をかけてもらったら、車を運転するお父さんお母さんはぜひ「出発進行」と復唱してあげてください。きっと、このおでかけは素敵なイベントになる事でしょう。
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